米澤穂信の「古典部」シリーズに続く、もう一つの高校生を主人公にしたシリーズ「小市民」シリーズの最新作にして、多分シリーズ完結作になります。
「古典部」シリーズ、「小市民」シリーズともに、作者の米澤穂信の初期のシリーズで、近年には高校生を主人公にした「図書委員」シリーズというのもありますがこちらはちょっとほろ苦さもありますが、高校生探偵2人による推理合戦(ちょっと違うか)という新機軸になっていて、かなり雰囲気が変わっています。
作者自身がまだ若い頃に書いた「古典部」、「小市民」は若者特有の自意識やら青春の悩みやらが、作品の重要な要素になっていて、特に「小市民」は自分達が小市民と規定して、自分たちの能力を使うこと無く目立たず静かに生きることを目標としているあたり、逆に言えば自分たちが凡人ではないという自負心の裏返しになっています。これが完全に思い過ごしなら、単なる”痛い”高校生なのですが、主人公のカップルが実際に相当にヤバイ連中であることから、推理小説としての物語が動き始めます。
第1作の始まりの時点(高校の入学式)で、主人公の小鳩常悟朗くんと小山内ゆきさんは、目立たず小市民になる、という目標をすでに立てています。その理由として、彼らは中学生時代に「余計な知恵働き」をして痛い目に遭っているという思い出が語られます。
しかし、その思い出というのが具体的に何なのかまでは語られません。今回、シリーズの掉尾を飾る「冬季限定ボンボンショコラ事件」では、その事件が主眼になっています。
「冬季限定ボンボンショコラ事件」は冒頭で小鳩くんがひき逃げにあって病院に担ぎ込まれることから始まります。年末押し迫ってからのことで、大腿骨骨折と言う大怪我を負ったため、小鳩くんの現役での受験は始まる前に終わってしまいます。
このひき逃げ事件は、中学生時代に小鳩くんと小山内さんが出会うきっかけになったひき逃げ事件と状況が酷似していて、2人はその背景を探るべく、3年前の事件を再捜査し始めます。とは言え、小鳩くんは、アームチェア・ディテクティブ(安楽椅子探偵)ならぬベッド・ディテクティヴで安楽椅子探偵以上に身動きが取れない状況に置かれています。
ベッド・ディテクティヴといえば、ジョゼフィン・ティの「時の娘」がこの形式の嚆矢であり、最高傑作でもあるのですが、「時の娘」では探偵役は動けないだけで危険にさらされたりはしません。
今回の「冬季限定ボンボンショコラ事件」では、流石に「時の娘」から70年を経ているだけに、それだけでは済まずにサスペンス要素も最後にはでてきます。推理小説ではなく、コミック作品なのですが「僕だけがいない街」でも結末近くで主人公は似たような状況に立たされますね。
今回の結末で、小鳩くんのおせっかい、やり過ぎのために他人を傷つけ、恨まれて、その結果自分も傷ついたという、シリーズ始まり当初の屈託は一応の解決を見ます。3年前の小鳩くんの余計なおせっかいもまったく無駄では無かったことが明らかになるのですが、このあたりはビターエンドが持ち味だった米澤穂信の作風と少し変わってきているのかな、という気がします。
ただ、安易なご都合主義とは程遠く、やっぱり小鳩くんも小山内さんもそうそう晴れやかなだけの気持ちにはなれないのですが……。
これにて「小市民シリーズ」はきれいに完結しましたが、春・夏・秋・冬の4作の他に、冬発売前に番外編的な「巴里マカロンの謎」という作品も発表されています。このマカロンのように、いわば外伝を書く余地はあるみたいなので、もう少し読みたいのですが、そもそも「冬季限定ボンボンショコラ事件」自体がちゃんと発表される事自体、ずっと半信半疑で「古典部」同様にシリーズは途絶したまま終わりになるんじゃないかと思っていたぐらいで、さすがにこの次を期待するのは欲張りかも知れません。
それよりも、7月から小市民シリーズがアニメ化されますので、その放映を楽しみに待ったほうが良いのかも。小動物的なかわいい外見とは裏腹に餓狼のような猛々しさを持った小山内さんの魅力(?)にアニメしか見ない人たちがどんなリアクションをするのか、今から楽しみです。
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