タムデュー

タムデューについて


タムデューはスペイサイドの中心地にある蒸留所で、ゲール語で「黒い丘」と意味します。スペイ川の北側にあり、すぐとなりはノッカンドゥ蒸留所で、カードゥ蒸留所にも近い場所にあります。
この蒸留所で製造が開始されたのは1897年で、良く1898年にはすでにハイランド・ディスティラー社に買収されます。同社はブレンド用のモルト原酒を必要としており、それを供給するためでした。

設立にあたっては、そのハイランド・ディスティラー社のディレクターであるウイリアム・グラントが建設費を集め、有名な蒸留所設計家のチャールズ・ドイグが設計を担当しました。




“タムデュー” の続きを読む

スペイバーン

スペイバーンについて


スペイバーンは、スペイサイドの蒸留所。スペイ川の主要な支流の一つであるグランディ川から仕入れ水を引き込むため、1897年にジョン・ホプキンス・カンパニーによって17,000ポンドで設立されました。
この蒸留所を設計するために有名な蒸留所建築家のチャールズ・C・ドイグを起用し、ドイグのデザインの特長である古典的な換気装置を持っています。
このグランディ川は、非常に純度が高く、サーモンフィッシングの名所としても有名だそうです。蒸留所が作られた場所は谷の奥まったところでかなり狭くこの狭さに対応スべくそのため乾燥床は3層に渡って垂直に建ててあり、パゴダスタイルの屋根は乾燥した穀物に均一な気流を作り出すために独自のデザインになっています。こうした特徴的なデザインに加え、森の奥の隠れ家のような風景から、とても風情のある蒸留所が出来上がりました。




“スペイバーン” の続きを読む

グレンロッシー

グレンロッシーについて


グレンロッシーはスペイサイドのエルギンの町の南西部で、街の中心地から6キロほど離れた場所で、マノックモア蒸留所と同じ敷地内に立てられた蒸留所です。スペイサイド・モルトで、かつてはUD社(現ディアジオ)でリリースされていましたが、現在はオフィシャルボトルは発表されておらず、知名度はあまり高くありません。

グレンロッシー蒸留所は地元のジョン・ダフが計画し、1876年にマッケンジーの名前で地元の建築家と協力して設立しました。ジョンダフはグレンドロナック蒸留所のマネージャーを経験し、その知識と経験を活かしてグレンロッシーを設立、その後1896年ににロングモーン蒸留所に関わるようになるまで、グレンロッシーを管理してきました。

また、共同で操業したH・マッカイは1919年までグレンロッシーを守り続けましたが、ディスティラーズカンパニーリミテッドに売却。
1929年には大火災が発生して、蒸留所はスコティッシュモルトディスティラーズに移管されます。




“グレンロッシー” の続きを読む

コンバルモア

コンバルモアについて


コンバルモアは1893年に設立したスペイサイドの蒸留所です。
しかし、1904年にはWP Lowrie&Co Ltd.に売却されて、さらにJames Buchanan&Co Ltdが1906年に取得し、1909年には大部分が火災で焼失してしまいます。
1910年に再建され、1925年にJames Buchanan&Co LtdがDistillers Company Ltdに加入します。その流れで、コンバルモアはスコットランドのMalt Distillers [SMD]の傘下に入り、1964年にはダークグレイン工場と一緒にスティルポッドの増設を行い生産量が増加しますが、結局1985年にWilliam Grant&Sonsに売却されて、同年に閉鎖されます。
現在、蒸留所は設備のほとんどが解体されて、グレンフィディックの倉庫として使用されています。




“コンバルモア” の続きを読む

ア・テストーニ

ア・テストーニについて


ア・テストーニはイタリアのボローニャでアメディオ・テストーニが操業した靴ブランドです。このアメディオはマッケイ製法のヴァリエーションの1つであるボロネーゼ製法(ボローニャ製法)を編み出し、自身のブランドに採用しました。
ボロネーゼ製法により高いデザイン性を追求でき、クロコダイルなどのエキゾチックレザーを多く使用できるのも、ア・テストーニの性格を形作っていきました。




“ア・テストーニ” の続きを読む