ダラスデュー

ダラスデューについて


ダラスデュー(Dallas Dhu)蒸留所は1898年にアレクサンダー・エドワードが創業し、1983年に閉鎖となった歴史を持ちます。1988年に建物の寄贈を受けたスコットランド歴史的建造物・記念碑保存委員会の管理で公開されており、現在は博物館となっており、操業再開の予定はありません。ライセンスも1992年に失効したそうで、しかし、その建物は非常に美しく、年間に2万人以上の観光客が訪れるそうで、ウイスキー好き、歴史好きな方は訪れて見たい場所になっています。

蒸留所名のダラスデューはゲール語のDalais Dubh(黒い水の流れる谷)から来ています。スコットランド北東部の湾岸都市のインバネスから26マイルほど東に行った処にフォエスという古い町があり、蒸留所は町から1マイル南に行った丘陵地にあります。

ダラスデュー蒸留所はハイランドのモデル蒸留所になっていて、閉鎖時のオーナーであるDCL社(UD社=ユナイテッド・ディスティラリーズ社の前身)は所有している原酒をUDシリーズとして販売しており、また他の瓶詰業者によってもボトリングされているそうです。




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グレンカダム

グレンカダムについて


グレンカダムは、ハイランドモルトの銘柄で、蒸留所は東ハイランドのブレヒンという古い町にあります。
創業は1825年で、ジョージ・クーパーによって設立され、その後は1827年から37年までデビッド・スコットが所有し、37年から1891年まではギルモア、91年からはトンプソンアンドカンパニーリミテッドがそれぞれ所有しています。
このトンプソンアンドカンパニーの時代には製造した製品はブレンデッドウイスキーの原酒として使用するのがほとんどでした。そして、1954年にハイラム・ウォーカーが蒸留所を購入し、さらに2年後にはジョージ・バランタイン&サンによって購入。そしてアライド・ドメクがに所有権が移り、2000年にはとうとう蒸留所を閉鎖します。

しかし、2003年にアンガス・ダンディ社が蒸留所を買収して復活させ、再び生産開始します。




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フェッターケアン1824

フェッターケアンについて


フェッターケアンはスコットランド・アバディーンシャー、フェッターケアンに位置するフェッターケアン蒸留所で生まれるシングルモルトです。ハイランドモルトに分類されています。
アバディーンはスコットランド北東部にある第3の都市で、蒸留所のあるフェッターケアン村はアバディーン南西40キロの小さな村で、スコットランドらしい牧歌的な風景のところです。村の道路には1861年にビクトリア女王とプリンス・アルバートが村への訪問を記念した赤い砂岩のアーチがかかっています。
ちなみに、フェッターケアン(Fettercairn)はゲール語で「斜面上の森」という意味だそうです。

創業は1824年。アレクサンダー・ラムゼイによって始められ、1830年から50年までは、後に英国首相を勤めたウイリアム・グラッドストンの父親のジョン・グラッドストンが蒸留所を買収。その後は20世紀になってから別の会社に売却され、1920年代には閉鎖されます。
これは1939年に活動を再開しますが、その後も何度か買収を繰り返し、現在ではエンペラドール傘下に収まっています。




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ロイヤルロッホナガー

ロイヤルロッホナガーについて


ロイヤルロッホナガーは1826年に設立された蒸留所でハイランドモルトの名作シングルモルトです。
創業間もない頃に、近くのバルモラル城に滞在していたヴィクトリア国王が蒸留所を見学。気に入ったことから、女王自ら「ロイヤル」の称号を許した蒸留所となりました。
そして、そのウイスキーを女王も気に入り、ボトルにはヴィクトリア、エドワード7世、ジョージ5世の名も刻まれています。




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グレンドロナック

グレンドロナックについて


グレンドロナックは1826年創業というスコットランドでも有数の歴史あるグレンドロナック蒸留所のシングルモルト。ハイランドとスペイサイドの境界線上、アバディーン州のデヴェロン川の南に位置し、ハイランドモルトになります。ちなみにグレンドロナックとは「ブラックベリーの谷」という意味だそうです。
グレンドロナックの特徴はシェリー樽熟成。マッカラングレンファークラスと並んでシェリー樽熟成のシングルモルトの代名詞になっています。
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