ローズバンク

ローズバンクについて


ロースバンクはスコットランド・フォルカーク、フォースアンドクライド運河の辺りに建つ蒸留所です。
1,798年にはすでにこのフォルカークに蒸留所が存在したという記録があり、スターク兄弟によって運営されていましたが、蒸留所の名称は不明です。
1,817年にジェームズ・ロバートソンがこのスターク家の蒸留所の近くにローズバンクという名前の蒸留所が開業したと伝えられますが、これは1,819年までしか開かれていませんでした。




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リトルミル

リトルミルについて

リトルミルはスコットランド最古を謳う蒸留所で、現在は残念ながらすでに閉鎖されていますが、長い歴史を誇る蒸留所です。
リトルミルのある場所はハイランドとローランドの境界近くでオーヘントッシャンの北西にあるクライド川に面した場所にあります。区分はローランドの方に区分されています。

この場所で1750年代ぐらいからウイスキーの製造はされていたらしいですが、歴史に残る創業年は1772年。それ以後、リトルミルは何度か所有者が変わり、中でも1825年から39年まで蒸留所を保有したのは、おそらく市場初めての女性蒸留業者であると言われるジェーン・マクレガーで、歴史の重みを感じさせます。




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ブラッドノック

ブラッドノックについて


ブラッドノック(Bladnoch)は、ローランドモルトの一つですが、蒸留所がある場所はスコットランド南端でイングランドのほど近く、まっカース半島に位置しています。ローランドはただでさえ、現存する蒸留所は数が少なく、その中でもブラッドノック蒸留所は他からかなり離れた場所にポツンとある……といったロケーションです。

この場所はストランラー港が近くにあるので北アイルランドへはグラスゴーやエディンバラに行くよりも容易で、非常に風景が美しいところです。
ブラッドノックという名前は仕込み水に使っているブラッドノック川に由来するそうです。

創業は1817年でジョン・マクレランド、トーマス・マクレランドによって作られ、当初から順調に推移して、1887年頃には敷地は2エーカー(2400坪)で、さらに50エーカー(6万1千坪)の農場を創業者の一族が所有していました。
ジョン・バーナードが蒸留所をこの1887年に見学し、その様子を書き残していますが、繁栄の様子が伺えるものです。

1890年代のスコッチウイスキーの大不況で、ブラッドノックも大きな打撃を受け、1911年から1937年まではアイルランドの会社の傘下に入り、第二次大戦中には生産中止。さらに1947年ごろまでには蒸留所自体も閉鎖されて、1957年までその閉鎖は続きます。




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グレンキンチー

グレンキンチーについて


グレンキンチーは、ローランドを代表する蒸留所で、スコットランドの首都エジンバラからわずか30キロ前後の場所にあるキンチーバーンに位置し、「エジンバラモルト」というあだ名を持っています。
蒸留所は農地にあるそうで、キンチー(Kinchie)という名前は土地の元の所有者であるDe Quincyが訛ったものだそうです。
起源は1825年にジョン・レイト、ジョージ・レイト兄弟によって設立された蒸留所までさかのぼりますが、記録は曖昧ですが、それ以前にミルトン蒸留所として知られた蒸留所が同じものであった可能性もあります。
公的にはグレンキンチー蒸留所の始まりは1837年。レイト兄弟が、蒸留所を現在の名称に改名して操業し始めます。
しかし、1853年に破産してしまい、蒸留所は製材所になったということです。




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オーヘントッシャン

オーヘントッシャンについて


オーヘントッシャンはローランドモルトの名門でスコットランドのグラスゴーから北西16キロほどのクライド湾を見下ろす斜面上に立地したオーヘントッシャン蒸留所で作られています。
ローランド地方は北のグリーノックという町と、東のダンディという町を結ぶ線より南側で、地理的にはイングランドに近く、大都市もこのローランドの方に集中しています。
比較的気候が穏やかで、ライトなウイスキーが多く、オーヘントッシャンも軽やかでライトな味わいが魅力です。

元々はローランド地方もたくさんの蒸留所があったのですが、現在はモルトウイスキーを作っている蒸留所はこのオーヘントッシャン蒸留所も含めて6つのみ。ただし、グレーンウイスキー(トウモロコシ、小麦などの穀類と麦芽を原料とする)を作る蒸留所はほとんどがローランドに集中していて、モルトウイスキーとグレーンウイスキーをブレンドするブレンデッドウイスキーを作るためには欠かせない地域でもあります。




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