スペイバーン

スペイバーンについて


スペイバーンは、スペイサイドの蒸留所。スペイ川の主要な支流の一つであるグランディ川から仕入れ水を引き込むため、1897年にジョン・ホプキンス・カンパニーによって17,000ポンドで設立されました。
この蒸留所を設計するために有名な蒸留所建築家のチャールズ・C・ドイグを起用し、ドイグのデザインの特長である古典的な換気装置を持っています。
このグランディ川は、非常に純度が高く、サーモンフィッシングの名所としても有名だそうです。蒸留所が作られた場所は谷の奥まったところでかなり狭くこの狭さに対応スべくそのため乾燥床は3層に渡って垂直に建ててあり、パゴダスタイルの屋根は乾燥した穀物に均一な気流を作り出すために独自のデザインになっています。こうした特徴的なデザインに加え、森の奥の隠れ家のような風景から、とても風情のある蒸留所が出来上がりました。




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グレンロッシー

グレンロッシーについて


グレンロッシーはスペイサイドのエルギンの町の南西部で、街の中心地から6キロほど離れた場所で、マノックモア蒸留所と同じ敷地内に立てられた蒸留所です。スペイサイド・モルトで、かつてはUD社(現ディアジオ)でリリースされていましたが、現在はオフィシャルボトルは発表されておらず、知名度はあまり高くありません。

グレンロッシー蒸留所は地元のジョン・ダフが計画し、1876年にマッケンジーの名前で地元の建築家と協力して設立しました。ジョンダフはグレンドロナック蒸留所のマネージャーを経験し、その知識と経験を活かしてグレンロッシーを設立、その後1896年ににロングモーン蒸留所に関わるようになるまで、グレンロッシーを管理してきました。

また、共同で操業したH・マッカイは1919年までグレンロッシーを守り続けましたが、ディスティラーズカンパニーリミテッドに売却。
1929年には大火災が発生して、蒸留所はスコティッシュモルトディスティラーズに移管されます。




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コンバルモア

コンバルモアについて


コンバルモアは1893年に設立したスペイサイドの蒸留所です。
しかし、1904年にはWP Lowrie&Co Ltd.に売却されて、さらにJames Buchanan&Co Ltdが1906年に取得し、1909年には大部分が火災で焼失してしまいます。
1910年に再建され、1925年にJames Buchanan&Co LtdがDistillers Company Ltdに加入します。その流れで、コンバルモアはスコットランドのMalt Distillers [SMD]の傘下に入り、1964年にはダークグレイン工場と一緒にスティルポッドの増設を行い生産量が増加しますが、結局1985年にWilliam Grant&Sonsに売却されて、同年に閉鎖されます。
現在、蒸留所は設備のほとんどが解体されて、グレンフィディックの倉庫として使用されています。




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グレンスペイ

グレンスペイについて


グレンスペイはスペイサイドのローゼスという町のローゼス川のほとりにある蒸留所のシングルモルトです。創業は1878年。とうもろこし商のジェイムス・スチュアート社が創業しました。
グレンスペイ蒸留所は元はオートミール工場だった建物で、オープン当初はミル・オブ・ローゼス(ローゼスの製粉所)と呼ばれていたそうです。
1887年にスチュアート社はマッカラン蒸留所を購入し、ミル・オブ・ローゼスの方はW.&A.Gilby(ジンメーカーのギルビー)に売却されます。
蒸留所の名称も1884年にミルホウ、1887年にはグレン・スペイと改名されているそうです。




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グレンキース

グレンキースについて


グレンキースは1957年にによって設立された蒸留所で、当初はストラスアイラの所有で、ストラスアイラの第二蒸留所として作らえました。古い蒸留所がたくさんあるスペイサイドでは新顔になります。
ストラスアイラの所有者であるシーグラム社はストラスアイラ蒸留所からみてイスラ川の対岸にある製粉所の敷地を買収して、新しい蒸留所を建設したのです。

シーグラム社は当時アメリカで好評を得ていたシーバスリーガルの原酒を確保するためにこのグレンキースを建設。
グレンキースの生産する原酒のほとんどはシーバスリーガルに使われていたため、オフィシャルボトルは発売されませんでしたが、1994年にようやくファーストオフィシャルボトルが発売されました。




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