ローワンズクリーク

ローワンズクリークについて


ローワンズクリーク(ROWAN’S CREEK)はケンタッキーバーボンディスティラーズ社のウィレット蒸留所(Willett Distillery)で作られている、スモールバッチ(少量生産)のいわゆるバーボンウイスキーにおけるクラフトバーボンの銘柄の1つです。
最初にリリースされたのは1990年代で、この蒸留所の土地内を流れる小川に因んで名付けられています。ローワンズはジョン・ローワン(John Rowan)という18世紀後半から19世紀初頭のケンタッキー州の政治家のことで、その邸宅はフォスターの「ケンタッキーの我が家」(マイオールドケンタッキーホーム)に影響を与えたそうです。





このケンタッキーバーボンディスティラーズ社は幾つかスモールバッチの銘柄を製造しており、このローワンズクリークのほかにノアーズミル、ウィレット フェミリー・エステート、ジョニードラムプライベートストック、オールドバーズタウンなどを作っています。
ケンタッキーバーボンディスティラーズは1936年にウィレットディスティルングカンパニーとして設立され、19世紀半ばぐらいにケンタッキー州バーズタウンにジョン・ディヴィッド・ウィレットという人物が居て、彼は義兄弟のトーマス・ムーア、ルイスビルのフランケという人物と、ムーア、ウィレット&フレンケ蒸留所を開き、ウィレットがマスターディスティラーでした。
しかし、1876年にウィレットは病気になり引退。その後1914年まで長生きしますが、蒸留所はマッティングレィ・ムーア蒸留所に変わり、いろいろなブランドに原酒を提供していました。

ジョンの息子のA・ランバート・ウィレットはこのマッティングレィ・ムーア蒸留所で働き続け最終的には1/3の所有者になり、さらにランバートの息子のトンプソン・ウィレットがウィレット蒸留所を設立しました。
ウィレット蒸留所は1936年に建設されましたが、これは禁酒法が1933年に廃止されたあとに設立したもので、会社は順調に推移していきました。
ランバート・ウィレットは1970年に亡くなりましたが、その息子のアル・トンプソン・ウィレットは1984年まで社長を務め、ケンタッキー州のウィスキー業界にも重鎮として知られるようになりますが、会社の経営はこの70年代のエネルギー危機の際にウイスキー製造から工業用エタノールの製造に切り替えたのが失敗。
蒸留施設は1980年代初頭に閉鎖されてしまいます。

1984年にエヴァン・カールスビーンが同社を買収し、名前をケンタッキーバーボンディスティラーズに変更し、ウィレット蒸留所がかつて生産し、貯蔵していた樽(すでにバーボンとしては十分に長い年月熟成させたもの)からバーボンを生産。次第に他の蒸留所からも原酒を調達して、独立ボトラー(瓶詰め業者)として会社を運営しはじめます。
現在は、エヴァンの息子のドリュー・カールスビーンとその家族、及び僅かな従業員によって蒸留所は運営されており、2012年にはケンタッキー蒸留所協会に復帰。再び、バーボンの蒸留所としての体裁を完全に取り戻しています。

現在、ローワンズクリークはバーボンとしては長めの12年熟成、アルコール度数50.05%の製品を販売しており、ワインボトルを使っていて(750ミリ)、手書き風の味わいのあるラベルを使っているのが目を引きます。
05年と11年にはサンフランシスコのWSCのコンテストで金賞を受賞しています。

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投稿者: tom1964

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